いい人をやめると生きるのがラクになる

いい人,都合のいい人

いい人やめました

わたしは「いい人だね」と言われることがあります。

でも、あまりうれしくない言葉です。それは、「いい人」の基準があやふやで、その言葉はどこかで、「都合よくしてくれる人」と聞こえるからでした。

そんな「いい人だった」わたしが、いい人を卒業しようと思ったきっかけは、いい人で居続ける自分に疲れてしまったから。

「いい人」と思われなくていい

「いい人じゃないといけない」

そんな、心のマントを少しずつ取りのぞく作業をしていくと、すこしずつ、生きることが、たのしく、ラクになり、生活がシンプルになりました。

嫌われたくない

やっぱり、じぶんのコトを「いやなヤツ」「心の広くない人間」と思ったり、認めることってつらいです。

だから、いやだなーと感じても、「ニコッ」と笑顔をみせて、受けてしまう。

心が病んでしまったり、カラダに不調がでるまで。

でも、わかったんです。

相手に合わせても「その程度」

相手の意見を優先しても、尽くしたところで、「その程度なんだ」ということ。

人って、自分の与えたことって全部覚えてるけれど、与えられたモノやコトって、忘れてしまうんです。

そして、いい人でいることで辛くなるのは、「嫌われたくない」「いやなヤツと思われたくない」そんな理由です。

けっきょくのところ、相手のためを思ってやっているのではく、自分がぐちゃぐちゃになって傷つきたくないから。

「いい人」はかんちがいしている

だから、多少「いやなやつだなー」と自分で思えるくらいが、自分の身を守るため、相手のためにもなる。

わたしもそうだったのですが、「自分はいい人なんだッ!」と鼻息荒くフンフン、肩の力をいれてても、相手は何もしてくれないし、返してもくれません。

自分は頼られているんだ。という、「かんちがい」に気がついたとき、「もういい人はやめよう」と目が覚めました。

感情を出すのは自分を守るため

感情をださないほうが、ラクなときもあります。

だけど、大切な感情をずっと押し込んでいると、自分が本当はなにを望んでいるのか?なにを求めているのか?

いったい何者なのかもわからなくなってしまいます。

自分の感情を表現するというのは、自分の身を守るために役立ちます。

 断っても人間関係まで終わるわけではない

住職の枡野俊明さん著書の「あなたの人生から「めんどくさい」が消える本」に、もっと自分の中にいる「いい人」をやめ、はっきり相手に伝えることをすすめています。

いつも「いい人」でいる人は、断ることをしません。断ることがすなわち、人間関係が終わると勘違いしてしるからです。

もしも断ってしまったら、もう付き合ってもらえなくなるかもしれない。

そんな思いからつい引き受けてしまいます。

もちろん頼まれたことが得意なことであったり、簡単にできることなら引き受ければいいでしょう。

しかし、それが自分にとって相当な負担になるとすれば、それはきっぱりと断る勇気を持つことが大事です。

※太文字は個人でいれました

もっと感情をだしていい

はっきり意見を伝えるって、こわいです。

でも、はっきり言っても、意外と相手は「きょとん」としている。

人間って、ふだんの生活で感情の5割も出してないかと思います。

だから、感じる心をたいせつに、自分の感情を通して表現すること、こころを解放してもいいのです。


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