愛妻弁当に愛は入っているのか?「いい奥さん」になれないなーと思った話。

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愛妻弁当ってなに?

毎日のお弁当。

わが家は真夏以外、ほぼ毎日夫に弁当を持たせています。

それは、節約のためでもあり、健康面を考えて。

…と、ここまでは「いい奥さん」みたいに感じるかもしれません。

ですが、ほんとうは「いい奥さん」なんかなれないし、じっさいに、「いい妻」からかけ離れているのが、このわたし。

新婚のころ、もうそれは、あれこれオカズをつくり、弁当箱からあふれるほど詰め込んで持たせていたのですが、結婚5年にもなると、ずいぶんアッサリとしました(笑)

毎日こんな素敵なお弁当がつくれればいいけれど…つくりません。前日の残りがほとんど。

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お弁当に愛なんて入ってないぞ?

それで、きのうお弁当についてこんな話をしました。

夫:「会社に弁当持っていくとさ、ときどき”愛妻弁当”と、あれこれ言われるときがあるんだよね」

私:「はあ?」

私:「いやいや、あのさー、愛も妻もとくに意識してないし、じっさい入ってないんだけど…」

夫:「え?(爆)たしかに、奥さんの作ってくれたお弁当はうれしいし、食べると元気がでるけれど、愛ってなんだろうね?」

夫:「なんでもかんでも、愛でまとめてしまうのってなんだろうね?そこにこだわるのは、おれもギモンにかんじたんだよ。」

「愛妻弁当」ってなんですかね?

ググってみると、「愛する妻が作った弁当」という意味だそうです。

「愛妻」や「愛妻弁当」というのは、夫視点の呼びかたなんですね。

どうしよう、わたしの読解力のなさがハンパない(滝汗)

「愛」という言葉に圧力をかんじる

愛…。

この「愛」という言葉がゾッとするくらいこわい時があります。

なに?いつも作る弁当は、妻の愛の「エキス」が入ってないとだめなの?

それよりも、お弁当に愛がこもってないとダメなのか?

そんな、「無言の圧力」さえかんじてしまうんですよ。

そうすると、「ちゃんとした奥さんじゃないといけない」とか、世の中の理想の「奥さん」を演じるようになってしまうんですね。

毎日のお弁当づくりは重労働

毎日のお弁当作りって、けっこう重労働です。

献立からはじまり、日持ちのことも考えて作り、飽きないようにリメイクし、予算もあるし…と、愛より現実的に考えて作ることのほうが多い。

だから、お弁当には、妻の「汗と思考の完成品」であって、ときに「焦り」「悲しみ」がつまってるときもあります。…というか、そんな「愛ばかり言ってられない」ときのほう多いかな?(笑)

「理想のお母さん」を見てるとつらい

お弁当以外でも、かんじることなのですが、この、なんとも表現できない「世の中の理想」みたいなものが、心を重たくしてる気がするのです。

わたしは子どもがいないけれど、お母さんの役割ってすごく大変なんだろうなと感じます。

それは、世の中全体が、「理想のお母さん」を押し付けるように求めているからです

女・母はこうあるべきだ、とか「ねばならない」と、「聖母」のようじゃなきゃいけない。そんなかんじ。

「お母さん」その前に「人間」

でも、お母さんだって周りを気にしないで、大声で子供に怒りたい時もあるはずです。人間完璧じゃないです。

それなのに、「お母さん」の記号になった途端、完璧を求められる。

完璧じゃなきゃ、受け入れられないような、受け入れちゃいけないような世の中は、なんだかおかしいと思います。

だって、出掛けてるとき、子育てママをみると、かなりガマンしてるように見えます。ちらちら周りの様子を伺っているのをみると、こちらまで苦しくなってくるときがあります。

でも、わたしは、お母さんたちは、もっと感情をだして、抑え込まなくていいと感じます。

責任感がつよく、真面目だから、育児ノイローゼとか意味が不明になってしまうんだと思うんです。

だから、わたしは、電車で大泣きしてる子どもをみると、「お、元気だな」と思うし、スーパーのお菓子コーナーでダダこねて寝そべって泣いてる子をみても、お母さんが子供に𠮟ってる姿をみても、「お母さんなのに…」とは思いません。

むしろ、健全な姿だと感じています。

いい奥さんをやめると生きるのがラクになる

「え?弁当でなに語っちゃってるの?」って思ったかもしれませんが、「愛妻弁当」の話をきっかけに、ああ、わたしはやっぱり「いい奥さん」にはなれないなー、とあらためてかんじました。

そんなわたしも、新婚のころ「いい奥さん」目指してがんばっていた時期があったけれど、やっぱり、つらくなってきてやめちゃいました。

ボロ車のくせして、高性能のスーパーカーの演技をしちゃうんですよ。つらいに決まってます(滝汗)

いい奥さんをやめると、生きるのがすごくラクになります。

いい奥さんって、受けはいいけれど、本人は居心地悪すぎて、こころが即窒息します。

だから、万人受けもしないし、ときどき批判されるときもあるけれど、まあいいっか、という感じですね。

これからも「いい奥さんじゃない代表」のつもりで、ゆるゆるつづけいこうと思ったのです。

きょうは、日ごろかんじてた気持ちをアップしました。

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