シンプルライフで「欲」抑えていない?

わたしはシンプルライフを目指して生活しているのですが、最近ある一つのことにハッと気がついたことがありました。

 

何かというと、色々な人のブログを訪問したんですね。

 

それ関連記事の本を読んだりしてなのですが…。

 

「いいなぁ、素敵だな」と思うところは取り入れてきました。

 

 

欲がある

 

物が少なくなれば、良いもの・必要ないものがわかるようになる。

 

ですが、それ関連の情報を沢山浴びると、なんだかみんな欲を抑えていないか?と感じるようになり…なーんだか苦しくなってしまい…。

 

あれです、ちょっと食傷気味でした。

 

どうしてかというと、ものと人はまったく別物の存在なのに、物と一緒で人間まで完全で完璧にならなければいけない、そうでなければいけない、という風に感じたことがきっかけでした。

 

それで最近、シンプルライフや断捨離系、もたない系の情報を浴びるのを制限していました。

 

わたしにはやっぱり沢山の「欲」があるということに気がつき…。

 

欲って聞くと、なんだか不健全な欲望を想像しますが、その反対で、健全な欲だということでした。

 

 

ものに完成はあったとしても人間に完成はない

 

 

完成物には惹かれるけれど、完成された人物には惹かれない、ということに気がつき始めました。

 

 

…というのも、人って「完成」された途端、じわじわとゆるやかに降下していく気がする。

 

完成というのも、そう思い込んでることが多かったです。

 

だからって、完璧に生きようとしても辛くなるし、人の目が気になって仕方がない。

 

そのさじ加減ってむずかしいな…と。

 

そして、いくつになっても「まだまだだ」と現状に満足しないで努力したり、さらなる高みへと求め続ける人に魅力を感じるのかな…なんて思うのです。

 

周りの人を見ると、褒められたり、社会的に認められると「ああ、これでいいんだ」と空気を感じる。そして、チャンチャン。(終了)になることが多い。

 

だけど、認められた時からが本番なのかもしれない。

 

そこから驕らず見えないところでコツコツやってる人がどのくらいいるんだろか。わたしだってそうです、褒められると調子に乗りたくなるし、偉そうにしたくなる。

 

 

精神の成長が止まると1番よかった時を語り出す

 

 

だけど、人の精神の成長が止まると、1番いい時だったり輝いてた時代を繰り返し語ったり、それが正しい選択だったと時間の動きが止まる。

 

そんなわたしはどうかというと、まだ30年しか生きてないけれど、どこかで心の成長が止まってる部分があるなーと気づきます。

 

今まではそれじゃあいけないと思ってフンフンしてたのですが、なにも全て100パーセントできなくてもいいんじゃないの?と思うようになりました。

 

それは、人間に完成はないんだとようやく理解できてきたのかもしれません。ダメな自分でもまずは認める、そこから少しずつ成長していけばいい話じゃないかと。

 

精神の年寄りになりたくない

 

 

ときどき、ものすごくハッとさせられる人に出会う時があります。

 

その瞬間、「ああ、自分はまだまだ人生経験値が足りなさすぎるな、このままでいいや、ってこれからも生きてたら30歳だけど立派な精神ババアだな。」と気がつくのです。

 

だから神様は人間に完璧な人を与えないし、地球という星で精神の筋トレをしてるんだな、と最近あらためて感じています。

 

シンプルライフの形って人それぞれだけど、わたしの場合、物や目に見えるものに完全を求め、そして完成されたものに惹かれる。

 

 

自然に感じる「欲」をもっと大切にしたい

 

 

シンプルライフを送りつつ、健全な欲も大切にしながら、願望を実現していく…。

 

ものはもの、精神は精神。欲を抑えてていいの?もっと自分の欲に素直になってもいいんじゃないの。

 

全く違ったものを、同じレベルにしなくてもいいし、なにも基準に合わせなくてもいいんじゃないかと思いはじめています。

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