過剰サービスはいらないと思う【つぶやき】

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過剰サービスはいらないと思う理由

今日のブログは日ごろ感じてる心の中について綴っていきます。

生活してると、沢山のサービスを受けます。

スーパー、コンビニ、銀行、ホテル、病院、鉄道などの交通機関。

挙げればキリがないけれど、ここ数年、サービスを通り越して過剰すぎるサービスを受けるのに少々疲れてきているのです。

サービスに疲れる

もちろん、心地よいサービスもあるけれど、大体が過剰サービスに見える。

いきすぎな、過剰とさえ感じるサービス。

サービス業は、そこまでサービスをする必要があるのかな?とも感じる。

エネルギーのかける場所を間違えているんじゃないのかな?

おもてなし文化。

サービスが行き過ぎると、人はなぜか息苦しさを感じてしまう。

数秒しか経ってないのに「大変お待たせしました」…。うーん。

これって、「待つ」に入るの?そもそも「お待たせしました」を言わない方が、グッとスマートになると感じていて、回数を重ねれば大きな時間になる。

だけど、サービスがマニュアル化してるのもある。でも、受ける方は正直「そこまでしなくてもいいよ。」なのです。

私は過去にサービス業の仕事が長かったのですが、サービス業の長時間労働、過剰サービスに常に疑問を持っていました。

「これって、いったい誰が求めてるの?」

サービスは企業から家庭へ

さらにサービスは企業から家族・親戚・子どもへと流れ、ありがた迷惑になる。

最近の言葉だと、イクメン。

この言葉から見えるのは、家族でさえ、サービス(仕事のひとつ)としてしましょう的な雰囲気を感じさせる。

家族サービスという言葉も理解できないのだけど、それじゃあ、休まる暇もないですよね。

で…私は思うのだけど、行き過ぎたサービスって実は求めてる人ってそんなに多くないのでは、ということです。

もう少し肩の力を抜いて生きてもいいんじゃないのかなぁ、ということです。

真面目すぎて、頑張りすぎても残るものはほとんどなく、残るのは疲れと喪失感。

過剰サービスはいらない

ていねいすぎる敬語もいらない。

過剰包装もいらないから、もっと肩の力を抜いて仕事して欲しいし、そんな仕事をしたいですよね。

いつからこんなに人との関わり方が、ギスギスしてしまったのだろう。

日本のサービスのたどり着く場所は、一体どこなんだろう、何を目指しているのだろう。と不思議で仕方がない。

サービスはたまに受けるから良いのであって、常にサービスのシャワーを浴び続けると麻痺するのです。

そんな私は、小さな日本という島国かちょっと出て、さまざまな文化に触れて見たほうがいいな~と感じています。

はい、まとまりのないつぶやきでした。

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