世田谷文学館「貧乏コンチクショウ」印象に残った「さみしい甘えと貧困」

貧乏コンチクショウ,感想,ブログ

「貧乏コンチクショウ」

駅ロータリーのチラシ「貧乏コンチクショウ」という1枚のポスターが目に止まりました。

普段駅前チラシなど素通りする私が、何故か素通りできなくて…。

3分ほどポスターを眺めてしまいました。

肩の出たワンピース姿、水色の背景。

体育座りでさみしげな表情の女性。

なぜ貧乏、しかも「コンチクショウ」なんだろう?

気になって、東京都世田谷区にある世田谷文学館へ行きました。

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林芙美子さんという、小説家。

明治~昭和初期に生きた女性。生まれから安定しない暮らし。

暴力的な男性と貧困暮らしていたけれど、世田谷から離れ、小説「放浪記」がヒットし映画化。

新宿に家を構えるまで、住まいを転々。旅を愛したそうです。

絵には旅行バッグが描かれているのですが、旅行バッグは展示され、地味な感じではあったけれどシンプルで大事に使われていた温かさを感じられました。

展示室は、文字、文字の嵐!

文字で埋め尽くされた中の、ある言葉が印象に残りました。

さみしい甘えと貧乏

「さみしさに甘えるのはカンドウしなければいけない。」

たしか、こんな言葉でした。(もしかしたら”カンドウ”の部分、間違えてるかもしれません。)

たしかに、さみしい気持ちは自分の心の中にひっそりと仕舞いやすく、モノのように重たくないから荷物になりません。

だけど、さみしい気持ちに甘えていても、前進したり、良いことあったかな?

ただ、自分で自分を「暗い慰め」になってるんじゃないかな、と感じたのでした。

私はこのブログを始めて、どこかでブログという存在に甘え、思考に甘えている部分がどこかであると思ってる。

それは何度も同じ話をしたり

「昔(の私)は〇〇で〇〇だった」

よく聞く言葉。

そんな話をブログ、リアルでしそうになる時、頭の中で急ブレーキをかけているのです。

 

甘えと幻滅

自問自答していたけど、しっくり来る理由が出てこなかった。

「自分と読み手に幻滅させないように」と恐怖の部分もあったから。

嫌われる勇気が浸透した今、それでも嫌われ、幻滅させてしまうことに恐怖はある。

でも、この言葉で「なぜ」を、心の準備なしにほじくられた気分になった。

それは、「さみしい気持ちに甘える」に溺れないよう、ブレーキをかけていることだったんだな、ということでした。

自分の話をする時って、脳が気持ち良くなるんだそうです。

だけど、聞いてる側からすれば、一度や二度ではなく、何度も聞けば「もう、その話いい加減にしてくれよ。」とゲンナリするわけであって…。

 

貧困は人を凶暴にさせる

ちょっと話がそれてしまいましたが、貧困・病というのは、人を恐ろしいくらい、凶暴にさせ、心が貧しくなるということ。

これは今も昔も変わらず、繰り返される。だけど、どこかで断ち切らないといけない。捨てないといけない。

そんなことを林芙美子さんの生き方を知って感じたことでした。

貧乏を売り物にする素人小説家と呼ばれたそうですが、見た後はスッキリ前を向いて生きていきたいな。と思える力強さもあります。

貧乏コンチクショウを見に行き、「甘え」について深く考えた一日になりました。

 maneki3776.com
シンプル、つながる暮らし。
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