ムダは最高の贅沢

ムダは最高の贅沢
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ムダは最高の贅沢

以前の私は、「ムダなものはいらん。」とモノを捨てました。

そう、シンプルライフを目指して一時期は ”ダンシャリアン” でした。

だけど人の心ってほんとうに勝手なもので、環境や心境で随分変わっていくのだと感じる。

最近は毎日暑く、公園に行けないので美術館巡りをしています。

渋谷区広尾にある山種美術館、渋谷区松濤にある 松涛美術館 へ行きました。

[blogcard url=”https://twitter.com/yamatanemuseum”]

絵画を通して感じるのは、ムダは人にとって必要不可欠だ。失っちゃいけない、ということです。

…私に美術を語る資格はないのだけど、美術品や長く愛されてるモノってムダな装飾や「これ必要か?」なんてモノがジャラジャラついてる。

 

お金にならなきゃ意味がない?

そんな私、子どもの頃は絵を描くのが好きで描いていたのですが、いつからか「お金にならなきゃ意味がない。」「絵なんて描いたってしょうがない。」

人生から「絵を描く」は封印されたのでした。

どうしてこんな歪んだ思考になってしまったのか?

振り返ると、大人になるにつれ「競争」を意識するようになってから。

いきすぎた競争心は人をダメにしてしまう。ただ、「ありのまま」でも砂糖菓子人間になりそうでイヤ。

等身大の自分で居続けること が、自分の心を守ることにつながると、おばさんと言われる年になって気づいたのです。

 

[blogcard url=”https://maneki3776.com/2018/05/17/oneself-life-sized/”]

 

心の血流障害になった大人

子どもの頃、誰かの絵を見て「あの人は上手」とか「下手くそ」だとか、そんなことは思わなかった。

ただ、その人の描く絵をただ感じることだけでした。今思えば、それが楽しく心を潤していたのかもしれません。

例えると、血流がよく流れるイメージですね。

ここがあーだの、こーだの言うのはいつだって大人。「大人って言うだけで何もしてくれない」と思っていたのに。

私もいつしか、評価だけし、口だけ出す薄っぺらい大人になったていたんですね。

完成された絵(結果)を鑑賞(消費)する側になっていたことに気づいて、そこからズレが生まれてたのかもしれない。

例えば子供時代スポーツ好きだったのが、あることきっかけに大人になった今でもスポーツ好きを封印したままで、自分はスポーツなんか興味ない。とずーっと思い続けてるような。

大人になり、心も体も血流障害の不健康になっている人が増えていると感じます。

 

いきすぎた効率化は心を蝕む

効率を追い求めた結果、分かったことは生きていくのにお金は必要。

だけれど、お金だけじゃ人は「生き続けられない」

効率も好きだけど、まったく効率的じゃない「絵を描く」を再開していいかもしれない。と美術館巡りで感じた。

ちょっと前にもブログに書いたのですが、人の心というのはムダという空間(すき間)がなければ、心の健康をジワジワ崩してしまうことです。

趣味をアンインストールしても、本当の好きなら再開する。

断捨離うつ?「断捨離は精米機」断捨離を人生の目的にしない

 

消費する側から生み出す側へ

完成された絵(結果)を鑑賞(消費)する側は気持ちがいい。

だけど、それは長持ちしない。それは、自ら生み出すことではないから。

消費もぜいたくですが、生み出すのには時間もエネルギーもいる。だけど、それをできる環境を作ったり、自分の手で何かを生み出すことは、ものすごく贅沢なことだと思う。

この世界にはムダの無い贅沢もあるけれど、ムダなことができる余裕こそ、人間に生まれたからこそできる贅沢と思うのです。

 

超高齢化社会・人生100年時代

最近読んだ 未来の年表 人口減少日本でこれから起きること (講談社現代新書) ですが、超高齢化社会を迎える日本、そして人生100年時代と叫ばれてちょっとビビっています。

 

そんな私も、これからの時代の流れに迷いはあるのです…。

でも、美術を通して感じる「人生100年時代」を生き抜く方法は、お金はもちろん大事。

だけど、お金だけでは解決できないことも同時に増えていくと感じていて、それは自分の心をどうコントロールし、メンタルを強めていくかということです。

そのためには、自分の心の支えになるもの、しかも簡単には壊れないもの。その壊れないものは、カップラーメンのようには作られないので、もうそれは地道にやっていくしかないと思うのです。

人は努力を嫌がり、努力を軽く見る。しかも努力をしてる人を蹴落とそうとする努力はする。

だけど、人生100年時代には、通用しなくなるのだと思うのです。だってそんなことじゃ、生きていても心が死んでるのと同じだし、続きませんよね。

そろそろ目に見える結果主義から、目に見えない「長持ちすること」にシフトしていってもいいのだと思う。(行き過ぎたスピリチュアル・自己啓発・キラキラとは別の話。あくまでも現実世界のこと。)

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