夫と家とう〇この話

私の財産告白

先日、夫の冬のコート探しに古着屋へでかけました。

いろいろ試着はしたのだけど「これだ」というコートは見つからなく

またゆっくり探せばいい、ということで帰宅。

そんなわが家が住む家は、築30年以上経過した、古めの賃貸アパート。

帰宅するなり夫はトイレでしばらくこもっていましたね。

水の(ジャーーー)と流す音と共に夫がトイレから出てきてひと言。

「やっぱり家のトイレがいちばん落ち着いてう〇こできるねえ。」

・・・。

まねきは思わず

「よかったねえ」なんて、子どもを褒めるような調子で返事をしてしまった。

貧乏暮らしをしていた6年ほど前、

図書館で借りた 私の財産告白 をkindleで再度読み返しているのですが

(といいながら、頭のわるすぎた過去の私はむずかしくて理解できなかった)

「ああ、そうだよね、そうそう、そうなんだよ。」

という部分がいくつもあるので

3つメモとしてブログに残しておきます。

私の財産告白

好景気時代には勤倹貯蓄を、不景気時代には思い切った投資を、時機を逸せず巧みに繰り返す

良い時に調子に乗って散財すると、あとで痛い目にあう。

これは、まねきも体験済みだ。

良い時に生活レベルをあげたくなる欲を抑え生活水準をあえてさげるのです。

ダウンサイジングという言葉を知って スマートサイジング という本を数年前に知りました。 上がりっぱなしの生活水準を維持するためにあく...

貯金生活をつづけていく上に、一番のさわりになるものは虚栄心である。いたずらに家柄を誇ったり、いままでのしきたりや習慣にとらわれることなく、一切の見栄をなくすれば、四分の一天引き生活くらいはだれにでもできるのである。

まねきの家は、生活水準を

貧乏暮らしだった頃のレベルにできる限り戻してる

部分があります。

いちど上がった生活水準、感覚を

あえて貧乏暮らし脳に組み込みなおしています。

自分のネウチが銀もしくは銅でしかないのに、暮らしの方は金にしたい。金メッキでもいいから金にみせかけたい。

こういった虚栄心から多くの人が節倹できないのである。

銀はどうせ銀、銀なりに暮らせばいいのであるが、さらに人生をより安全にし、生活をより健全にしようとするならば、むしろ一歩を退いて――事実は一歩を進めて――実力以下の銅なり、鉄なりの生活から出発していくべきだろうではないか。

そうそう。「マイホーム」って言葉、ありますよね。

まねきが抱く「マイホーム」というのは、

あまりいいイメージを持てないでいます。

なぜかというと、

まねきが育った実家のマイホームは両親にとって

「失敗だったマイホーム購入」であったからです。

私にとっては何も問題もない家でしたが、両親にとっては

納得のいかないマイホーム購入だったということ。

それで、大人になった今、

家には ホーム(Home)とハウス(House)のふたつがあると知りました。

意味は同じ「家」ではありますが、

  • ホーム(home)…人が住んでいる家のこと
  • ハウス(house)…建物自体のこと

家という箱の中に信頼のできる人がいる。

そんな温かな「home-ホーム」が欲しいのか。

ただの建築物としての「house-ハウス」が欲しいのか。

そんなことを、夫のう〇この感想を聞いて

安心感だったり、落ち着ける環境を手にするために

わざわざ、お金をたんまりかけた金ぴか使用の大理石トイレでなくてもいいんだなあ。と。

まねきは

「家が賃貸でも、古い建物でも、古いトイレでも

家族が安心してトイレでう〇こを出来るホームって

あったかくて、なんだかいいな」

と心から感じたのです。

(ちなみにkindle読み放題から、私の財産告白シリーズ(本多静六著書)を0円で読めます。)

本多静六【私の財産告白】

私の財産告白 (実業之日本社文庫)

収入より低い生活を淡々と送ること。それはパッとしない生活かもしれない。実際、以前より生活は地味になり、パッとしなくなった。だけど、これからも「本多式「四分の一」貯金」を続けて行こうと思う。