猫のブス顔から学ぶこと。

イヤな人,人間関係

「イヤなヤツ」

で思い出すのが、私の実家で飼っている猫。

 

猫との出会いは10年前。

スーパーへ行く途中、車を走らせていたところ、道路のど真ん中に子猫が。

踏み込んだたアクセルを急いでブレーキを踏みこんだ。

 

やせ細って鼻の周りは鼻水が固まってカッピカピ。

今にも死んでしまいそうな捨て猫を保護しました。

 

家族全員猫ギライだったのが、今では”猫ハウス”に。

そんな弱弱しい猫は、10年の時を経て「ふてぶてしい猫」になってしまった。

 

しかも私に似たのか、かなりの食いしん坊。

いつも美味しい食べ物を求めて部屋をウロウロしている。

 

だけど、いらないもの・嫌いな食べ物を差し出すと、とことんイヤな顔をする。

すごい時なんか、全力で睨まれる。

 

イヤな人,人間関係

 

この、とことんイヤな顔、がポイントで。

「ああ、迷える私たち達人間に必要なスキルだなー」と思ったんですね。

 

あんなに愛らしい猫が、嫌いなものを見た途端、かなりのブス顔になる。

ブス顔をすることで、全身から「これは嫌い!」と伝わってくる。

 

でも、これでいいんだと思う。二重丸。

 

猫は「イヤなヤツと思われても良い」と思っているのかもしれない。

猫には「嫌われる」とか人間と似たような感情を持っていないのかもしれない。

はっきりしたところは分からないけれど、分からなくていいことなのかもしれない。

 

私たち人間は、「嫌な顔をするな」とか「嫌な人でも仲良く」とか言われて育ってきた。

だけどそれって、よく考えてみると、いったい誰の為なんだろう。

 

なんでそんなに「好感度」が必要なんだろう。

そんなに好感度って重要なのか。

もうすこし、好感度のアンテナを低くしてもいいんじゃないか。

 

イヤな人の前でイヤな顔はできるだけしないほうがいいとは思うけれど、

猫の渋顔のように「自分はどこにイヤな部分を感じてるのか」の感情は

封印しないほうがいいと感じる。

 

なんだか使わなくていい所に全力でエネルギーを注いで、疲れたり悩んだりしているように思う。

そう思うと、猫はムダのない合理的な生き方をしていると感じる。

 

感情を封印することは、限りある命をどこかで殺しているような行為にだと思うんですね。

 

まあ、猫は空気を読んでベジタリアンにもお人好しにもなれない。

それは猫だから。

ということで、それを貫き通すには、あの「渋顔」が必須なんでしょうね。

 

なにをやっても嫌う人はいるのだから

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