本と読書と私

子供のころから本を読むのが好きで、

ある意味「友達」のような感じで接している。

だけど読めないむずかしい漢字があったりすると

なんとなく「こう読むのかな?」なんて、途端にそこだけ飛ばして読んじゃったり。

そんなかんじなので、今でも語彙力が高まらないままこの歳まで過ごしてしまいました。

17歳でアルバイトを始めてからは、自分で稼いだお金で本を買うようになった。

すると、本に求めるものが「友達」から「価値があるかどうか」に変化しました。

自分のお金で本を買うのだから、価値のある本じゃないと。

とか

本に対する期待値の高さ

だったり

人気の本か、読んで損にならないか

とか、自分のいやらしい心(損得)で選んでること(生きてること)に気づいたり。

だけど、それって

価値に重きを置きすぎて

もっと大切なことを見逃してしまっているじゃないかなあ?

と最近気づいたんですね。

ブログとまったく関係ないけれど写真は星屑を集めたような天然塩(笑)

たとえば、1500円のお金を出して買った一冊の本。

期待して買った本なのに、想像していた内容とはちがかった。

だけど、その一行だけでも印象に残ったり

共感できたり、学びがあったなら。

もう、それだけで値千金だな。と思えるようになった。

時代・境遇・環境がまったくちがう人の人生の経験・体験を

1000円前後で追体験を味わえるのって、よく考えてみると、すごいこと。

お金の価値としては1000円だけど、無料に近い感覚かもしれません。

本との出会いも、一期一会。

あまり期待しすぎてもがっかりしてしまう。

だからって期待しなさすぎてもなんだかさみしい。

本には期待しすぎないくらいの

「いい本に出会えたらラッキーじゃん」

くらいの気持ちでジャンル問わず読んでみると

まったくのジャンル外の本に心をズキュンと撃たれてしまったり…。

本は友達のような存在。

もうひとつ加えるとしたら、そばにいてほしい恋人のような存在。

そんな本はいちど断捨離して手放したとしても、

かならずもう一度読みたくなって、今日も本屋とアマゾンへ駆け込むのです。

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