平成と令和の間

平成と令和の間に感じたこと

平成と令和の間に、かんじたことを綴ろうとおもいます。

平成の終わりに、東京から400キロ遠くへ行った。

遠くへ行ったはずなのに、3日後あたりに異変が…。

そう、いつもの「文字を読まないとおかしくなる症候群」になってしまい。

困ったわたしは、グーグル検索で図書館を探し、駆け込み!

約2時間飢えたように文字を読み漁っていました。

何を選んだか?ふと目に留まった新書コーナーにあった「止まった時計」

 

 

平成の終わりに読んだのが、止まった時計だとは、なんだか深く考えさせられるものがありました。

みないでいようとした平成を彼女に突き付けられた感じだった。

 

・・・。

 

情報の海に溺れかけているのかもしれない

そして、令和。

今、情報の海に溺れかけているのかもしれない。

くるくる変化する常識の連続に、いったい何が大切でなにが必要ないのか。

そのスピードが以前より加速してると感じる。

 

それは本当のこと・真実を捻じ曲げて公開されてること。

情報の質、というのも自分で取捨選択する力が強く求められる時代に来たな。という気もします。

私はあまり頭の容量が大きくない、と自覚しているので、大好きなネットをあえてやめている。

 

大好き=依存性が高い

ことになると思っています。

 

とくにTwitterなどのSNSサービスを時間を決めてみるようにしています。

そしてブログだってそう。

このブログもそうだし、誰かが書くブログも1週間にいちど、アクセスするか・しないか。までに減らしました。

 

情報を減らすことで得られること

情報から断つのは、やめたばかりの時、けっこう辛いものがあります。

ですが、得られることも大きいのです。

情報から断つことで気づいたのは、いくつかあるのですが、とくに3つ。

 

・時間が多くあること

・つかれにくい

・迷いが減る

 

あとは…睡眠の質が上がったこと、だったり

自分の「声」が内から聞こえてくる感じです。

 

情報過多の時代だからといって、それをすべて断つことはむずかしい。

けれども、情報量を減らすことでより、シンプルライフに近づいたかな?

 

30代って、すごく若い。これから。

シンプルで深い暮らしを送りたい。