幸せはウソをつけない

幸せ

・・なぜ、人は目に見えない「幸せ」というものに対して
あえて形にして公開(披露ともかんじる)するのだろうか。

 

日ごろ、まねきが考えてる頭の中を、整理の意味を込めて文字に綴ろうと思います。

(文章にまとまりがなく、ブツクサうるさいと思います)

 

1.幸せは公開しなくても大丈夫

2.幸せは伝わってくる

3.幸せはウソをつけない

 

1.幸せは公開しなくても大丈夫

たとえば結婚式。
私たち夫婦は、結婚式を挙げませんでした。

なので、結婚式の良さ、だったり、大変さだったり、喜び、幸福感というのを
未経験なため想像でしか、感じることができない。

ある意味、それはそれで可哀想な人扱いになるのかもしれない。それはそれでいい。

 

しかしギモンにかんじるのが、5年以上前に挙げただろう、結婚式の画像をトップページにずっと載せてる方。

たしかに、それを見るだけであの時の幸福な気持ちが再現されてるのかもしれない。

 

だけど現在の写真(画像)はないのか・・

私は現在の写真をみたい、今のあなたを知りたい。

 

幸せって、目に見える部分で判断されることが多くある。

ただ、幸せの公開などしなくても、幸せは内に感じていたらそれで充分、とシンプルライフを送る私はそう感じる。

 

2.幸せは伝わってくる

あとは、幸せって、幸せな時は「しあわせについて」考えたりすることがない。

人は現状について悩みになり、悩みがコントロールできなくなったとき、「それ」について考えはじめるのかもしれない。

 

そんな私も、一時期「幸せ」について執拗にこだわっていた時間がありました。

今振り返ると、それは「じぶんは満たされてない」「完全ではない」と

誰かと比較の上での幸福度をはかっていたのだということでした。

 

幸せの争いは、きりがなく、結局のところ苦しみでゴールすることが多い。

 

3.幸せはウソをつけない

さいごは、これ。

「幸せはウソをつけない」

ウソつけないって、なんのことだ。と思うかもしれません。

 

これは経験から感じたことなのだけど、「最終的に落ち着くのは幸せにウソをつかないことだ」ということです。

外に出ると、たっくさんの幸せが溢れています。

しかしそれはほとんど、目に見える幸せだったり、なにか法律で決められた幸せだったりします。

 

新しい洋服を買えばそれはそれで幸せ。

大勢の人が欲しがるもの(学歴・地位・財産だったり)を手に入れられたら、幸せな人と認められるのだと思う。

ただ、それが幸せだとしたら、この世の中悩んでる人はいないはず。

 

悩みはじめ、その悩みがコントロールできなくなったとき、

「幸せにウソはつけない」と思うのです。

 

なので、一見邪魔だと思える「悩み」は、じゃまでもなく、

じぶんにとっての「幸せ」を形のある世界から形のない世界へと踏み出す「きっかけ」にしか過ぎないと思う。