プチプラな人生

ルンルン、ワクワク、たのしい気持ち

画像は、昨日のブログの最後でつづった、個人店で購入した一枚のワンピースです。

量産の数回着てだめになってしまうような洋服の価格よりは上で、だけど百貨店で買うよりもお手頃で、手に届く範囲の価格でした。

 

そうそう、タイムリーな本に出会いました。

「お金の格言」という本です。

昨日のブログで、「ワクワクを求める」と、締めくくりに書きました。

 

もっと、

自分の足をつかって、時間を使って

「ルンルンな気持ち」

「ワクワクな時間」

求めていこう

 

プチプラばかり着ていると、プチプラな人になる

それでですね、本を読み進めていくと、

「ワクワクするもの、心から欲しいと思えるものだけおさえてみてほしい。」(P156)

と書いてあったのです。

まさに、これからの暮らしでのこころがけが、「ワクワク」「ルンルン」です。

(”ルンルン”連呼すると、ちょっと阿呆っぽいかも・・悪い意味でどきどきしちゃいますが・・まあ、このまま続けます)

パラっと開いた本に、同じ言葉が出てきたのがすごくうれしくて。

 

でね、タイトルが、プチプラばかり着ていると プチプラな人になっちゃうぞ!でした・・

なんだか、耳が痛いです・・。

 

そんな私、2年前に体調を崩し、少しずつ「おしゃれ」に興味がわかなくなってしまいました

体をこわして初めて分かったのだけど、色々な意味で興味・好奇心がうすくなります。

これは人間の本能なのかもしれませんが、とにかく体を守ることを最大の優先とし、ほかのコトはシャットアウトしてしまうのだと思います。

着られたらいいかな?とか

おしゃれしたって・・痩せちゃったしなあ~とか

なんか、服を着る動機が「あきらめ」から入っていました。仕方のないことかもしれませんが・・。

 

身の回りにあるものが、じぶんを映す鏡。

感情を無視した物の選び方をしている人がとても多いのだ。P155

 

を読んだとき、「ああ、そうだわ」と腑に落ちました。

体調がよくなった今、過去に服をよーく見てみると・・なんだかねえ、プチプラが多くて。

だけど、プチプラが悪いわけではないんですよね。

 

2年前、末期ガンの祖母の在宅介護をしてた時は、プチプラのジャージ素材の服が動きやすかったし、汚れても洗濯機に放り込んでもきにならない。介護に適した服装だったと感じます。

書きながら思い出したのだけど、体の持ち上げ・ベッドに横にする時、両手でグーーっと服を引っ張られるんですよね。

赤ちゃんがグーっと服を握り締めて引っ張るのと似ている。

しかも大人なので、「大人の体を持ち上げるって、本気で重たいんだな」と知った瞬間でした。私の介助の仕方が上手ではなく、下手っぴだった。というのもありましたね。

上手な介助だと、体の重たさが軽減され、腰を痛めにくいんだそうです。

なので、おしゃれな洋服は適してないですね。当たり前か・・。

 

体調崩していた時は、横になっている時間も多かったので、ストレス負担のすくない締め付けない服装が多かった。これも、プチプラでした。

服装は、その時その時の人生をうつすのかな?なんだか人生の履歴書のようですね。

プチプラも大いに活用した2年間でしたが、なにがいけないって、今ならなんとなく分かります。

 

なんだろう、「プチプラな私」を無意識の中であっさり取り込んでいたのだと思います。

 

人って、過去の経験を元に変わらないことを選択するんだそうです。(ごめんなさい、用語をわすれてしまいました・・恒常性バイアス・・でもない。言葉を思い出せません)

変わることより、変わらないことを選ぶんだそう。

だけど、今、介護していないよね・・今、体調回復したよね。

じゃあ、その服装を維持しなくてもいいわけで。

その時、その時に適した服装をしていけばベストなんじゃないのかなあ。とも思うのです。

 

洋服で人生は変わらない、と思うけれど

人は見える部分が全てではない、と思うけれど・・

プチプラな人生をおばあちゃんになってまでするのってなんだかイヤ。

 

私は、どんな人生をおくりたいの。

身の回りにあるものが、じぶんを映す鏡。

今見える世界は、いろいろな意味を込めての、過去のじぶんからのギフト。なのかもしれませんね。